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サイコパスになりたい?憧れる?大人気「鬼滅の刃」(漫画)で考察してみるーエンタメから学ぶ(4)

サイコパスって言葉を検索した時に、サイコパスって「アニメ」やら「病気」という検索ワードが一緒についてくるのはよいとして。

 

「サイコパス診断」とか「これがあてはまったらサイコパス」みたいな検索ワードが目に付く。

 

自分がサイコパスだったらどうしよう!ってことなのかな、と思っていたら、その後「サイコパス なりたい」ってキーワードが出てきて驚いた。

 

本日は、かつて週刊少年ジャンプで連載されていた大人気漫画「鬼滅の刃」から何らかの学びを得たい。

 

なお、漫画のコマは著作物ではあるが、本文とコマの主従関係において「引用」と認められる程度ならば可なのではないかという解釈を元に数コマ引用させていただく

関係者からの申し出があれば、即撤去する。コメントにてお知らせ願いたい。

 

成功者にはサイコパスが多い?

一時期有名になった本がこちら。

 

 

この本の目次のなかに「人生で成功するヒント」という項目がある

 

サイコパスは軽薄で嘘つき、他者に共感を見出さない一方で、恐怖心も少なくていざという時に冷静沈着に物事を進めることができるそうだ。

 

これが実は成功したカリスマたちに共通する点であり、多かれ少なかれ、成功者達にはサイコパス的な側面が見られるらしい

 

例えば、Apple社の故ステーブ・ジョブズなんて、そりゃあもう人間的な意味合いで言ったら異常としか言いようがないと思う。

 

ちょっと調べてみただけで、「あんた人としてどうなのよ」って過去がわんさかと出てくるわけだ。

 

その反面、彼のプレゼンテーションは神がかっているのも事実。

 

言ってみれば、カリスマの塊であった。

 

漫画やアニメにも大抵の場合この手のキャラが必ずいて(ある意味、主人公たちもサイコパス的な側面が多い)、今回はこのお方に焦点をあててみたい。

 

 

十二鬼月、上弦の鬼「童磨」である。

 

十二鬼月上弦の鬼「童磨」

十二鬼月とは、鬼舞辻無惨の配下、十二鬼月の中でも最上位の鬼六名をいう。

 

鬼を征伐する鬼殺隊にも上位格の「柱」たちがいるが、その柱3人分に値する力を持つのが上弦の月の鬼たちだ。

 

シャア専用MSみたいなもんである。

 

300万人を超える観客を動員した映画『無限列車』では、炎の柱「煉獄杏寿郎」でさえ、上限の月参の「猗窩座(あかざ)」とのタイマン勝負に敗れた。

 

心の叫び(煉獄さんは負けてなんかいない!)

 

その上弦の月参を格付けで上回るのが、上弦の月弐「童磨」である。

 

彼はまんま地でサイコパス。

 

サイコパスというよりも、感情がない、何も感じない、と言ったほうがよいのかもしれない。

 

とある宗教団体の教祖であった両親が死んだときも、彼が思ったのは「部屋を汚さないでほしい」であった。

 

 

 

彼をカリスマと見なすか否かは個人の判断に任せたいが、しかし実力者であることは間違いない

 

どうして、サイコパスは魅力的なのか

俺が思うに、羨望というのは

  • 自分にないもの
  • 自分がそうなりたいもの

に対して持つものだと思っている。

 

サイコパスの能力で言えば、冷静沈着に物事に対して判断できる点。私情にほだされず、己の利益を考え、迷わず目標に向かって突き進むことができる点。このあたりであろうか。

 

恐怖を知らずに冷静に自分を持って突き進む姿は、迷うことが多い一般大衆にしてみれば、確かに羨望に値する存在であると言える。

 

傷つきやすい人が増えている?

人間関係を初めとして、この世の中はつらいことが多い。

 

近親者の死もそうだが、とにかく辛いことが多い。

 

仕事であれば見たくないものも見るし、心無い人の言葉でひどく傷ついたり、真面目過ぎるがゆえに逆にうまくいかないなんて理不尽なこともあったりする。

 

もっと強くなりたい。

 

ちょっとやそっとのことで揺れない心が欲しい。

 

そんな迷う心に、サイコパスは羨望の的として見える。

 

現実問題、サイコパスは決して有能ではない

こちらは中野信子さんの本。

この本のなかに、サイコパスは決して能力が高いわけではない、とある。

 

能力が高く見えるのは、平気で嘘をつくし、自分を大きく見せるのでそう見えることがあるというだけのことだ。

 

また、彼らにあった仕事でないと本領が発揮できないとのこととんどの場合、人生の落伍者となる

 

サイコパスだから成功したのではなく、成功した人を調べてみるとサイコパスっぽい能力を持つ人が多かった、と考えたほうが良いのではないだろうか。

 

童磨の最期

内容に触れてしまうのはちょっとまずいので、上弦の弐「童磨」の最期がどうであったかは言わない。

 

単行本でいうと、18巻、19巻にあたるのでぜひとも読んで確認していただきたい。

 

一つ言いたいのは、辛さや恐怖を感じないというのは、決して幸せなんかじゃないってこと。

 

これは頭が良くなりたい!とか、自分にないものを持っている人に対する憧れ全てに共通する点である。

 

頭が良くなったら良くなったでまた違った悩みが発生するものだ。

 

例えば、頭の良い人ほど余計なことも考えてしまい、高所恐怖症とかに代表される様々な恐怖症になりやすいというデータもあるようだ。

 

 

一番大切なことは

一番大切なことは、自分が何物であるかを把握しようと努め、足りないところを補い、かつ受け容れることだと思う。

 

人は完璧でない。

 

例えば、俺は子供のころから筋金入りのあがり症である。

 

人前でしゃべるのがとにかく苦手だが、社会に出ると大勢の前でしゃべることが多々ある。

 

そんなとき、ちょっとあがってしまったら、すいません、なんか微妙に緊張してしまってと苦笑いする。

 

認めてしまえばいい。

 

誰もが完ぺきではないんだから。

 

自分以外の何物にもなろうとはしないことだ。

 

ましてや、間違ってもサイコパスなんていう人種にあこがれないことである。

 

彼らの悩みが俺たちの悩みより軽いなんてことは、決してあり得ないのだから。

 

以上、大人気漫画「鬼滅の刃」を元に、自戒を込めて考察してみた。

 

最後まで読んでくれてありがとう!!

 

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