映画を1000本見た社会科教師の考察(映画・漫画・アニメ・小説)

考察したくなる映画・アニメ・漫画まとめ

映画を1000本見ても何一つ残らなかった社会科教師の復讐(習)

このページでは、「名作」と言われる映画・アニメ・漫画・小説・ゲームなどを、感情だけでなく“思考”で観直していく。考察記事のハブとして、各作品へのリンクと要約を掲載し、過去に観た名作たちに再び向き合う場所を提供する。

 

 

俺自身、「名作だよ」「泣けるよ」「テーマが深い」そう言われて観た映画が、1000本を超えた。映画だけじゃない。読書も、アニメも、漫画も、ゲームもだ。でも、何一つ、そこに込められた「真意」を知ろうとしなかった。あまりにも膨大な情報を見逃してきた気がする。

 

俺もいよいよアラフィフになって、「あと何年生きるのかな?」って思うようになった。

 

人生一度きり。死ぬ前に、色々確認しておかないとな。

 

これは、自分の目と脳で観直す“復習(ふくしゅう)”の記録だ。

 

映画なんて娯楽だと思ってた。でも、時々、奴らはとんでもない爆弾を仕込んでくる。

 

ここは、その“爆弾”を解体していくページ。感情じゃなく、思考で観る映画が好きなやつ、集まれ。

 

映画だけではもったいない。漫画、アニメ、小説も、なんでもござれだ!

 

映画

エクソシスト(5)

いや、最近ホラー映画100選みたいなサイトを見つけたんだけど、その1位にランクインしていたのがこの「エクソシスト」だったんだよね。なんで久しぶりに見て見たら、なんとも凄まじい内容だった。

 

俺が覚えているのは「ブリッジで階段を降りてくるところだけだった」んだが、アラフィフになるとちょっとは落ち着いて映画が見られるようになるもんだ。

 

ということで、「エクソシスト」でいくつか追求してみたわけだ。

 

1、(エクソシスト)カラス神父とメリン神父の“モデル”は?リアルとの境界線

(エクソシスト)カラス神父とメリン神父の“モデル”は?リアルとの境界線

カラス神父の揺れる目、メリン神父の沈黙の重さ。あれは、ただの演技じゃない。「これは…本当にあったのか?」と、俺の中の教師脳が反応した。事実、モデルになった神父たちは実在していて、あの“儀式”にも史実の裏付けがある。しかも脚本段階から本職のカトリック神父が関わっていた。つまり『エクソシスト』は、作り物の仮面をかぶった“リアルな信仰ドキュメント”でもある。この記事では、フィクションと現実の境界線を追いながら、あの映画の「嘘じゃない部分」を丁寧に掘り起こしていく。

 

2、エクソシストの悪魔の正体とは?パズズと名乗らなかった本当の理由とは

エクソシストの悪魔の正体とは?パズズと名乗らなかった本当の理由とは

『エクソシスト』を観終わったあとに、あの悪魔の名前を思い出せる奴、どれだけいる? そう――あいつ、名前すら呼ばれてない。なのに、ここまで恐怖が残る。これ、偶然じゃない。観客に“得体の知れなさ”を植えつけるための演出だ。で、名前は? パズズ。そう、もともと妊婦を守る風の神だった存在が、映画では“悪魔”として語られる。外見の禍々しさと、「絵になる怖さ」が優先された結果、ヒーロー枠が悪役へ転落したってわけだ。リーガンが取り憑かれたのも偶然じゃない。自ら招いた――そういう設計になってる。イラクの冒頭、あの像がすべての発端。文明が眠らせていた“何か”が、掘り起こされたんだよ。そして今、名前を知ってしまったお前の中にも、パズズは住んでる。恐怖ってのは、スクリーンの中じゃなく、心の中で育つもんだからな。

 

3、映画エクソシスト、ラストの意味は?飛び降りた神父が選んだ「答え」

映画エクソシスト、ラストの意味は?飛び降りた神父が選んだ「答え」

あの飛び降り、どう見えた? カラス神父のラスト――あれを「絶望」って切り捨てるには、あまりにも祈りすぎてた。俺はあれを“信仰の再起”だと思ってる。悪魔を自分に乗り移らせ、少女を守るために自ら落ちた。その行為は、教義的には自殺かもしれんが、同時に“自己犠牲”という聖域に足を踏み入れてる。観客に「堕ちたか?昇ったか?」を考えさせる、仕組まれた余白。そこがこの映画のキモなんだ。ラストでリーガンが神父の襟元にキスする。あれが何よりの答えだ。悪魔は去った。けど、パズズの名前は最後まで語られず、恐怖だけが観る者の中に残る。つまり、カラスは勝った。映画の外側で、“信じたくなる物語”として。

 

4、エクソシストを見る順番は?初心者がつまずかないための全整理

エクソシストを“見る順番は?初心者がつまずかないための全整理

たかが“少女に悪魔が取り憑く”って話が、なぜ50年経っても語られるのか――その答えが『エクソシスト』シリーズには詰まってる。これはホラーを装った“信仰と狂気の記録”なんだよ。ただ怖がらせるだけの映像なんかじゃない。「本当にあった話なのか?」「順番はどれ?」「2は見なくていい?」──観ようとした瞬間に沼が口を開ける。でも安心しろ。俺が順番、正史、意味、全部整理した。観るならまず1973年の初代から。ここをすっ飛ばす奴に、シリーズを語る資格はない。あとは好みで「信仰の再起」を追うか、「悪の痕跡」を追うか。順番を間違えれば、ただの悪趣味。順番を正せば、“神学ドラマ”として見えてくる。それがこの映画の正体だ。

 

5、『エクソシスト』シリーズは本当に怖い?怖いポイントを挙げてみた『エクソシスト』シリーズは本当に怖い?怖いポイントを挙げてみた

ホラー映画ってのは、“驚かせりゃいい”ってもんじゃない。『エクソシスト』がいまだ語られる理由?それは「怖かった」からじゃない。「信じてたものが壊れる瞬間」を突きつけてくるからだ。母が祈っても娘は戻らない。神父が叫んでも悪魔は笑う。信仰の無力、それこそがこの映画の本当の恐怖。ジャンプスケアが欲しいなら別の映画を観ろ。だが“魂が揺れる怖さ”を味わいたいなら、黙ってこっちに来い。蜘蛛歩き、首の回転、そしてカラス神父のあの決断。すべては「信じてた世界」が音を立てて崩れていく映像体験だ。怖さの本質を、自分の感性で測り直したいなら、ここが試金石になる。お前の「怖い」の定義を、変えてやるよ。

 

 シャイニング(1)

実は「エクソシスト」の影響を受けていると言われるシャイニング。スタンリー・キューブリック監督のほうな。

 

もちろん、スティーブン・キングのほうも良いんだけど、やっぱりジャック・ニコルソンの怪演が光りまくっているキューブリック版が最高だ。もっとも、「シャイニング」も「エクソシスト」以上に「は?」って場面が多いので、それをちょっと追求してみた。

 

かなり長いから読みたいとこだけ読んで頂戴。

 

1、(解説)映画『シャイニング』、血の洪水、双子シーンの意味を考察(ネタバレ)

ホラーってのは、ただ“怖がらせる”だけじゃねぇ。『シャイニング』が教えてくれるのは、人間が「信じてたもの」を失うときに生まれる、もっと根深い恐怖だ。ホテルが呪われてるとか、幽霊が出るとか、そんな話じゃない。あれは、“家族”って聖域が崩れる瞬間を、正面から描いた作品なんだ。

血の洪水?双子の少女?──どれも不気味だが、本質はそこじゃない。恐ろしいのは、ジャックという“普通の父親”が、自分の中の闇と向き合わされて壊れていくこと。そして最後、1921年の写真に彼が写っていたという“時間のズレ”が、すべてを呑み込む。

キューブリックの完璧主義、237号室、意味不明な音楽演出、そしてキャストにすら精神的負荷を強いた撮影現場。それら全てが、“理性が機能しない世界”を形作ってる。

つまり『シャイニング』ってのは、「狂ってるのは世界か、自分か」って問いを突きつけてくる鏡みたいな映画なんだよ。怖い?──いや、それ以前に“気づかされる”映画なんだ。

 

 

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ってことで、俺の復讐(習)はまだまだ始まったばかりだ。若いころに見落としていた点をがんがん追求していくから、映画・漫画・アニメ・ゲーム好きはブックマークよろしく!!

 

 

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